「今回の鎮圧対象は、文豪界で期待されている新人小説家だった・・・虎型の山月病準壱級個体、識別名 丙-参陸零.壱零爾漆玖360.10279だ」
ハッカはそう言いながら、2枚の写真を白板に貼った。左側の1枚はいかにも30代後半と思わしき知的な青年の顔写真だったが、対して右側の写真は人の姿の面影がなく二足歩行も覚束ない様子の白い毛並みの猫虎獣人を監視カメラが捉えたものだろう画像だった。しかしよく見比べると、そこはかとなく同一人物ではなかったのではないかと特に深い理由はないが感じ取れる。
先日の講演会とは打って変わって本件対策部隊での作戦打ち合わせだったため、室内には兵長の子刻ハッカと主力番手の卯刻ハネゝカ、同じく拾参13番手の寅刻ネゝコのみだった。
「ずいぶん症状が進行しちゃってるにゃね……」
講演会はまだしも、ネゝコは作戦会議では居眠りすることなどはない。何より彼女は山月病の罹患者に対し思うことがあるようで、鎮圧作戦には積極的姿勢があるらしい。
子「今回、この個体は準壱級に到達したことより人間に戻ることがほぼ不可能な段階まで症状が進行しているにも関わらず それを認められないまま脱走したことから、自我も自制心も朦朧としていて街中を荒らしまわる可能性が考えられている。まぁこちらで保護してやればかろうじて人間社会に復帰できるまでは戻せなくもないが……その意思も訊いた上での鎮圧任務だろう」
卯「ハッカがいうにはもう手遅れそうだから…要は、拳で殴れ!ってことかな?」
猫「真心で説得しろってことにゃよ!国の医者の言ってることよりも、獣爾騎兵の山月病治療施術専門家であるハッケンにみてもらった方が、まだ助かるにゃ!」
子「そこはボクじゃないんだね……」
猫「ハッカは自分も他人もモルモット扱いするから医者より信用できにゃいにゃ」
子「…やれやれ、まぁいいよ。ひとまず、作戦の方向性は決まった。決行は今夜だ。夜戦の準備をしっかりしておくように」
そう話がまとまっていくうちに、終礼のチャイムが鳴った。

夜のとばりが訪れ、作戦の時が訪れた。
ハッカは別件で出征しないため、ハネゝカとネゝコのみの作戦となった。バイクに騎乗したハネゝカとバックパックの一つに身を潜め天蓋から顔をだすネゝコは、ガラガラの街中で目的地へ駆け抜けていく。
「虎型で正気じゃないかもだったら、流石に警戒区域にはなるよね」
ハネゝカはそう呟きながら、目標個体の面影を街路を縫うように探す。すると、ネゝコが「あっ!あれ!」と何かに気付きその方向へ見るよう促した。
その先には、確かに例の個体がショーケースの奥を見つめていた。様子はとても落ち着いているようで、よく見ると蹲っているようにも見える。
「……いまなら捕獲できるかもしれないね」
ハネゝカはそう言って武器を構えようとする。しかし、ネゝコは手でそれを差し止めて、静かに対象個体へ近寄っていった。

『触ルナ……マダ、オレは……創作ガ……』
対象個体はとても怯えていて…いや、救いの手を拒んでいた。山月病の完全治療は、この国風と国法により普及が止まってしまった。もはや自分はこのまま、獣になることを進まないといけないと言われるだけだから……それが今でも受け入れられず、何度も逃げていたのだろう。
「大丈夫にゃ。にゃーら獣爾騎兵は、獣に成り果てても全力で人間をやりたいあにゃたの味方に就てあげるから。そのためにも……獣ににゃる前にやりたかったことを教えて欲しいにゃ」
『…………』
対象個体は勢い余った反動で亀裂の入ったショーケースの中に置いてあった「居場所の船旅」というタイトルの小説をじっとみつめていた。作者の名前が目に留まったネゝコは、こんなことを呼びかける。
「この本、あにゃたが描いたんにゃね?ちゃんと出版までして偉いにゃ」
「……えっ!!? この個体…ってか彼ってまさか!! 一年はSNSで行方をくらましてた、シバ.ツカサ先生なん!!?」
ハネゝカは思わず声をあげて後ろから恐る恐る近づく。
『……ソウダ……シカシモウ、医者はオレに創作へは戻レナイト言ッタ……!! セメテ死ニ際に、オレの描イタ、儚カッタ憧レを、叶イソウだッタ夢ヲ……!!!』
そう言って、個体は毛深く鋭い前足と化した左腕で、ショーケース越しに目先の小説を打とうと大きく構える。
「「やめて!!!/ダメにゃ!!!」」
個体から振りかぶられようとしていた左の前足がハネゝカの杵型の武器で取り押さえられ、その隙にネゝコが小説の前へ庇う。
「いや文系なんに力つっよいな!! そんなんならストレス発散にでもいいからうちの代わりに餅つきでも手伝って欲しいよ!!」
『……何故、止メル……!! 死ヌゾ……!!!』
迷い迷って安定した対象個体の心が乱れていき、力加減もますます雑になる。いつハネゝカの杵武器が折れてネゝコと作品が引き裂かれるかわからない……それでもネゝコは、怖気付くことなく呼びかけた。
「叶いそうにゃ夢だったら、もう一回挑み直せばいい話にゃ!あにゃたが好きだけど苦しくて!獣ににゃっても続けたくて!もう筆を握れにゃくてもまだ満足できてにゃいのにゃら!! にゃーらが全力であにゃたの創作を守るにゃ!!」
『……コノ身体デ……ドノ様にダ!!!』
「方法はあるにゃ!」
するとネゝコは、ポケットから獣爾騎兵の出版した図解付きの論文を取り出し、代々と個体の前に見せつけた。
「これは、山月病の進行を抑える思想安定効果と、変化した細胞を再構築する霊長器官再生効果が期待されている指定医薬部外品『逆変化薬』にゃ!これはまだいまは国から投薬実験でしか処方できにゃいけど、にゃーら獣爾騎兵で保護されれば、もしかしたらまた復活できるかもにゃよ!」
『……何?』
「先生……うちは実は、先生のファンなんです。先生は左利きで小説の挿絵も描けるマルチクリエイターで、脱稿中もストイックで自分が精神的に病弱でもラノベを1人でリリースできた、尊敬できるクリエイターだとうちは思うんです!けど、それなのに……周りの創作仲間が次々と山月病でリタイアしていくのを耐えかねて、この先何年創作ができなくなるかの不安や恐怖が強まっていく様子がSNSでも見え隠れしてて、いつの間にか一年以上休載して最大の武器だった左手がこんな姿になって創作を引き裂こうとしてしまう獣になっちゃった悔しさや不甲斐なさ、ほんっとうに耐えかねないと思う!でも!うちは!! そんな世間や自分の弱さに抗いながら、『居場所の船旅』っていう自分の行き場のない不安や焦燥感を美しく綺麗な作品で世に出せる!! シバ.ツカサ先生の創作が!! 何作も何年も!! 先生が獣でなく人として最後を迎えるまで!! ずっとずっと!! みたいんです!!!」
『……!!!』
そのハネゝカからの声を聞き受けた対象個体は静かに左手を下ろし、覚束ない足取りの膝から崩れ落ちるように蹲った。

***

翌日、対象個体を回収したのち 逆変化薬投薬のための往診予約と山月病のメンターカウンセリングの継続により、獣爾騎兵と龍天国の医療機関と連携し、対象個体……もとい、シバ.ツカサ先生の対-山月病 延命治療が始まった。
メンターによると、山月病の進行原因は単なるネガティブ思考によるものとされるらしく、無事に延命治療を施術できることとなったのだ。
「先生、聞き取りづらかったけど、あのあとなんども『ありがとう』って言ってた気がするよ--」
ハネゝカは嬉しそうに、昨日の作戦からのことを振り返って隣席のネゝコに語っている。次は講演会の時間なので、ネゝコはすでに半分寝落ち準備の体制になっているが。
そこへ、ハッカがこの2人の席に歩み寄り 突然ネゝコのおでこを強く弾いた。
猫「(バチィッ!!!)いったぁ〜〜い!!! 居眠り防止には酷すぎるにゃ!! タイバツにゃ!!!」
子「居眠り防止の件もそうだけど、昨日の作戦の分も含めたらまあこの火力だろう」
卯「……あ〜…、ネゝコが逆変化薬の資料持ち出してた話?」
実はあの作戦の前に、ネゝコはハッカの研究室に潜入し この作戦の隠し球として逆変化薬の医学論文を盗み取っていたのだ。
子「ボクの講演をちゃんと聴いていれば、逆変化薬の資料も配布されるしあれなら機密事項ほどでもないでしょう?そこまでしてボクの口から山月病の話を聴きたくないのは本当に懲りないやつだよ」
猫「うるさいにゃ……ハッカの場合、本気で治療施術を受けさせたいのか、野放のばにゃしにして葛藤させて博打で自己回復させたいのか、全っ然わっかんにゃいにゃよ」
子「時と場合によるよ。個体がどう苦悶し葛藤しているかを判断した上で、次の対応を取る。もし後者の対応になるべき時にも関わらずキミが盗んだ資料をみられた時はどうなるか考えてみた方がいい」
そして、ハッカはネゝコの肩を叩いて悪い笑みを浮かべてこう囁きかけた。
「数ヶ月間の講演を不真面目にやった追い討ちに軽いコンプラ違反までしたキミは、講演終了後 明日終日まで罰を受けてもらおうか」
「え゛ぇ〜〜〜……また・・にゃんね…」
そう怠い会話をしている傍ら、ハネゝカはSNSをみながら微笑んでいた。スマホの画面には、「シバ.ツカサ先生、治療施術を決意」という見出しが書かれている。
(そして 月明りの夜は静かに更けていく…(終幕))

(※この物語はフィクションにつき実際の社会現象や時事とは関係ありません)